きおくにないうみ ver.3

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□ Mélodie de vie □

番外編・青色の憧憬

 Mélodie de vieの番外編です。
 本編を読了後にご覧になることをオススメします。





 予感があったのだろうか。その日のアラミスは、まだ夜が明けきらない早朝に目を覚ました。まんじりともする気にならず、早々と起き出して身支度をしていると、コツコツと戸口の扉が叩かれた。
 市井の商売人なら起きているかもしれないが、客が来るには非常識な時間だ。アラミスは眉を寄せた。トラブルに巻き込まれやすいと自覚しているので、戸締まりは厳重にしてある。無防備な夜着のままだったら無視を決め込む所だが……。
(前にも似たようなことがあったな)
 ふと、ダルタニャンがバッキンガム公を連れて来た夜を思い出した。あの時はうまく追っ手を巻くことができたが、数年と経たないうちにバッキンガム公は亡くなり、ダルタニャンもまた――
 アラミスは静かに嘆息を漏らした。
(今夜もまた何か?)
 銃士隊に在籍している以上、危険とは隣り合わせだ。緊張感を孕みながら逡巡していると、再び扉が叩かれた。打音の出所はずいぶん低い位置だ。
(あ……)
 気づくと同時に、小さな声が聞こえた。
「アラミス、おいらだよ」
「ジャン?!」
 慌てて戸口へ駆け寄ると、手早く戸締まりを解錠した。
「じゃーん!」
 扉の前には、拍子抜けするほど上機嫌なジャンがいた。



「アラミスは早起きだなー。ダルタニャンとは大違いだ」などと言いながら、ジャンはずかずか上がり込んできた。
「こんな朝早くにどうしたんだ」
 外を見回して異常がないことを確認すると、念のため再び戸締まりしながらアラミスは尋ねた。
「ん~」
「おつかいか何か……かい?」
「んーん」
 はっきり返答しないまま、ジャンは部屋の中をうろついている。
「子供が出歩いていい時間じゃないぞ。危ないじゃないか!」
 アラミスは腕組みしてわざと声を荒げた。最初こそ「何事か」と心配したアラミスだったが、曖昧な返事の繰り返しに次第に苛ついてきた。もちろん本気で怒っている訳ではないが。
「ボナシュー家の人はジャンがここに来ていることを知って」
「おいら、家出してきたんだ」
「えっ」
 驚いたアラミスが絶句すると、ジャンはぺろりと舌を出して「なーんちゃって」と笑いながら否定した。
「……まったくもう」
 子供の冗談に怒る気にもなれず、アラミスは肩をすくめた。
「大人をからかうんじゃない」
「おいら、旅に出るんだ」
「またそんなことを」
「本当だよ」
 ジャンは先ほどと変わらず笑っている。アラミスはまじまじとジャンを見つめた。ふざけた様子は微塵も感じられない。
「だからさ」
 アラミスの前で立ち止まったジャンは、上目遣いで覗き込んできた。
「何か餞別ちょうだい」
 ジャンの口角がにんまりと横に伸びた。



「前から思っていたんだが」
 部屋の奥からアラミスが様子を窺うと、ジャンは大人しく椅子に座り――いや、床に届かない両足をブラブラさせながら、勝手に朝食用のパンをほおばっている。
「ジャンは歳の割に抜け目がなさすぎる」
「そう? ありがと」
「褒めてないぞ」
 ふひひとジャンが愉快そうに笑った。
「あ、餞別にパンはいらないよ。親方とマルトにたくさんもらったから」
「食べてるじゃないか」
「“これ”は旅用なの!」と言いながら、ジャンは膨らんだ肩掛けカバンをぱふぱふと叩いた。
(やれやれ)
 ボナシュー家で何があったのか、アラミスには分からない。だが、ジャンが嘘をついているのでなければ、円満に暇乞いしてきたのだろう。部外者の自分が口を出すことではない。
(ジャンはボナシュー家公認で旅立つのか)
 思い返せば、長いようで短い付き合いだった。ひょんなことで秘密を知られた時は焦ったが、ジャンは誰にも口外することなく、時にはフォローまでしてくれた。妙に世間擦れしているが、根は優しくて憎めない子だ。
(本当に色んなことがあったな)
 無遠慮なジャンを相手にしていると、つい、ぶっきらぼうな言葉をかけてしまうが、心中ではしみじみと寂しさを感じていた。こみ上げて来る感慨を押さえながら、アラミスがそっとジャンの様子を窺うと、パンを喉に詰まらせてミルクに手を出している所だった。くすくすと笑いがこみ上げてきた。
(本当に、困った子だ)
 今朝のジャンは、別れを切り出している割に、奇妙なほどあっけらかんとしている。その言動を深読みすると、(感傷は押し殺した方が良さそうだ)とアラミスは判断した。



「どこまで行くのか知らないけど」
 ちょうどジャンがパンの最後のかけらを飲み込んだ時、部屋の奥へ消えたアラミスが戻ってきた。
「無駄遣いしたら駄目だぞ」
 そう言うと、小さな革袋をテーブルに置いた。ちゃりん、と微かに金属が触れ合う音が聞こえた。
「……」
 ジャンはきょとんとした表情で、向かいに座ったアラミスを見上げた。
「足りないなんて言うなよ。贅沢をしなければ、数週間は宿に泊まれる額だ」
 冗談半分で牽制したつもりだったが、意外なことに、ジャンはコインが詰まった革袋を押し返してきた。
「お金なんか要らないよ」
 真面目な顔で突き返されて、アラミスは柄にもなく慌てた。
「でも、旅に出るなら支度金がいるだろう?」
「そんなものなくたって旅はできるよ。まったく、これだから貴族ってやつは」
「おいおい。そもそも、餞別が欲しいと言い出したのはジャンじゃないか」
「そうだけどさ……」
 アラミスは、ジャンの歯切れの悪さが気になった。
「いいかい、ジャン」
 恩着せがましい言い方だったかと後悔したアラミスは、今度は諭すように言い聞かせた。
「このお金は私の心ばかりの印だ。遠慮はいらない」
 普段口に出さないが、ジャンの境遇には少なからず同情している。こんな小さな子供が、行く当てのない旅に出るのだ。引き止めることができないなら、少しでも支援してあげたいというのがアラミスの本心だった。
「うーん、お金かぁ」
 金銭をせびる気は本当になかったらしく、ジャンは腕組みしながら考え始めた。そして、唐突に「あっ」と何やら思いつくと、テーブルに身を乗り出した。
「おいら、それが欲しい」
 ジャンが満面の笑みでアラミスを指差した。
「……私?」



「こんな物で本当にいいのか?」
「うん!」
 アラミスは後ろ髪に手を伸ばすと、するりとリボンを解いた。毛先で一つにまとめられていた髪が解放され、肩と背に広がる。ちょうど窓から朝日が差し込み、金色の髪はきらきらと輝きを放った。
(うわぁ……)
 ジャンは目を見張った。
「きれいだね」
「いや、かなり使い古したリボンなんだが」
 アラミスは納得できない様子で、解いたばかりのリボンを眺めている。
(おいらが見とれたのはリボンじゃないんだけど…まあいいか)
「こんな物で本当にいいのか? 端切れにもならないような細い布地では小銭にもならないぞ」
「売らないよ~」
 ジャンはにこにこしながら両手を出した。
「アラミスってさ、おいらのこと守銭奴だと思ってない?」
「ははは……」
「否定しないのかよ。ひっどいな~」
 アラミスは笑いながら結び癖のついたリボンのしわを丁寧に伸ばしている。
「絶対に売らないってば」
「分かった分かった」
 アラミスの視線が下がり、ジャンを見下ろした。そして、わずかに小首をかしげると、じっと見つめた。
「な、何?」
「結んであげようか」
「えっ」
 返事を待たずに、アラミスはジャンの背後に回り込んだ。
「うん、ちょうどいい」
「なな、何だよぅ……」
 ジャンが振り返ろうとすると、両手で頭を挟まれて強制的に前を向かされた。
「動かないで」
 ジャンのうなじにアラミスの指先が触れ、優しく髪を掴んだ。軽く梳いた後、片手でまとめた髪の束にリボンが巻かれる。
「……」
 少しだけ早くなった鼓動の意味も分からず、ジャンは身じろぎ一つできなかった。
「よし、できた」
 アラミスの手が離れた。ジャンがこわごわと手を伸ばすと、いつもボサボサと自然に任せていた髪がきれいにまとめられ、リボンで結ばれていた。
「どう?」
 肩越しにアラミスが覗き込んできた。何やら妙に気恥ずかしく、居心地が悪い。
「なんかさ、女の子みたいだ」
「……私はどうなる」
 アラミスがむすっとふくれた。
(だって、アラミスは女じゃん)とジャンは思ったが、あえて言うまでもない。
「うそうそ、ありがと」
 ジャンが素直に礼を言うと、アラミスは柳眉を下げた。
「やれやれ。本当にこんな物が餞別でいいのかい」
「うん!」
 ジャンは力を込めてうなずくと、自分の振る舞いに照れたのか、はにかむように笑った。



 パリを離れて人家がまばらになってくると、遮るものがなくなった風が勢いよく吹き込んでくる。
 ジャンの首筋でリボンがひらひらと舞った。振り返ると、かろうじてリボンの先端が視界に入った。
(へへっ、くすぐったくて落ち着かないや)
 ジャンは手を伸ばすとリボンの端をつまんだ。柔らかな細い布地は触り心地が良いけれど、どこか心もとない。手前に引っ張ると、リボンは髪に絡まりながら解けてしまった。
「あ……」
(せっかくアラミスが結んでくれたのに)
 少し後悔したが、風に飛ばされて無くしてしまうよりいいと自分を納得させた。
 手の中に残ったのは、空よりも海よりも鮮やかな青色。この色を見るたびに、悲しい影を宿した青い瞳をも思い出すのだろう。
(こんなにきれいな物、やっぱりおいらにはもったいないよ)
 名残惜しかったが、ジャンはくるくるとリボンを巻き取ると、誰の目にも触れないようカバンの奥にしまった。



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あとがき


番外編、最初に書き始めた話がちっとも進まないので、軽めの話(コレ)に着手。
Mélodie de vie本編で、ダルタニャンの生死を知らないままフェードアウトしたジャンが少し可哀想かな~と思ってできた話です。あと、劇場版ジャンの髪型から発想を得ています。

予告タイトルは「リボンを引き締めて」でした。
でも、このタイトルだと餞別にもらうモノが予想できてしまうので改変。Mélodie de vie本編の頃から、ネタバレしない程度にストーリーを彷彿とさせるタイトルをつけたい!とこだわっていて、いつも苦心して考えてます。考えるの楽しいけど。
「青色」というのは、リボンの色であり、アラミスの瞳の色であり、ジャンの幼い青っぽさでもあるのです。

「誰の目にも触れないようにしまう」なーんて、独占欲なんですかね~(ジャンは子供だけど「攻め」だと信じて疑わない・笑)

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Date:2011/04/30
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