きおくにないうみ ver.3

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□ Mélodie de vie □

Epilogue2. 生命のうた

 ほの暗い修道院の一室でダルタニャンは眠っていた。重傷者の世話をするには充分な施設とは言い難いが、ようやく安全な場所へつれて来ることができた。白い手が伸びて、ダルタニャンのもつれた前髪を梳いた。
 つかの間の休息を得て、ミレディーはぼんやりと物思いに沈んでいた。



 ベルイール要塞の地下深く――
 土壇場で追いつめられても、ミレディーと鉄仮面はひるまなかった。何しろ、相手はダルタニャンただ一人。ミレディーはダルタニャンに向けて銃を構えると「後を追うから」と言い含めて鉄仮面を先に行かせた。
 対峙する二人。こうして向き合うのはこれで何度目だろうか。しかし、ミレディーは最初から殺すつもりなどなかった。わざと逸らして一発撃つと銃を投げ捨て、ダルタニャンに逃げるよう促した。
「これで借りは返したわ」
 だが、ミレディーは大きな読み違いをした。この単純そうに見える少年が、常識では考えられない行動ばかり起こしてきたということを忘れていた。
 ダルタニャンは逃げるどころか、ミレディーに向かってきたのだ。
「な、何を…」
 とっさに隠し持っていた短剣を振りかざそうとしたが、ダルタニャンは刃先を避けてミレディーの手首を掴んだ。柄にもなくミレディーは動揺し、弾みで短剣を落としてしまった。足下のペペが飛び退いたのが見えたが、気にかける余裕はなかった。
「逃がさないぞ」
 乱暴に腕を引っ張られて、ミレディーはよろめいた。
「さあ、一緒に来るんだ」
「い、嫌よ!」
 ミレディーは金切り声を上げて抵抗したが、ダルタニャンは離さなかった。
「私、今度こそ処刑されてしまうわ。人前で辱めを受けて罰せられるのはもうたくさん…。心配しなくても一人で死ぬ覚悟はできてるわ」
「そんなこと言って、また逃げるつもりだろう」
 「処刑」という言葉に、ダルタニャンの心はざわついた。しかし、何を言われようが、今回ばかりはミレディーを見逃す気はなかった。あの日、情にほだされてミレディーを逃がしたせいで、どれだけの災難が引き起こされたことか。また同じ過ちを繰り返したら、真相を知ってなお許してくれたアトスに顔向けできなくなってしまう。
 ミレディーの腕にダルタニャンの指がきつく食い込んだ。
「もうだまされないぞ」
「だましてなんかいないわ!」
(あの時も、今も…!)
 その時、火薬の匂いが鼻についた。
「……?!」
 壁の向こうに仕込んだ導火線が、ついに爆薬へ辿り着く――
(間に合わない!)
 耳をつんざくような轟音とともに、地下道が破壊された。爆風に吹き飛ばされた石つぶてが容赦なく打ち付ける。意識が途切れる寸前、ミレディーはダルタニャンに引き寄せられた。



 甘えるような鳴き声を耳元で聞いてミレディーは目を覚ました。
「ペペ?」
 何も見えないが、小さな温もりが擦り寄ってくるのが分かった。瓦礫と埃にまみれていたが、どうやら生き埋めにならずに済んだらしい。のどの渇きと激しい疲労感があるだけで、幸い大きなケガもなさそうだった。
 どこからか軋むような音が聞こえた。地下道はいつ崩壊してもおかしくない。暗いが、どこからか明かりが漏れていて、次第に目が慣れてきた。
(なぜ… なぜなの……)
 傍らに血まみれのダルタニャンが横たわっていた。ミレディーは身なりこそひどい有り様だったが、ほぼ無傷だった。爆発で引き起こされた衝撃のほとんどを、ダルタニャンが盾となって受け止めたのは明白だった。
「なんで、処刑する為に連行しようとした女を助けたりなんか……」
 肩を揺すったが反応はない。先ほどまでミレディーの腕を掴んで放さなかった手は、ぐったりと力なく垂れ下がっている。
「あなた、待ってる人がいるんでしょう? どうして私なんかの為に」
 忌々しい三銃士や、王妃の侍女の小娘、いつも足元にまとわりついていた子供、ダルタニャンの周りにはいつも仲間がいた。勝手気ままに一人で生きてきたミレディーとは違うのだ。
「なんて馬鹿な子なの…!」
 動かないダルタニャンの体を抱き寄せ、ミレディーは慟哭した。

 ここ数日の間、鉄仮面一味の敗北を予感しながら、ミレディーは迷っていた。
(生き延びる? 誰と? どうやって?)
 鉄仮面から逃避行を持ちかけられ、一度は了承したが、ミレディーは単独で逃げるルートも考えていた。誰にも気付かれないよう、死んだように見せかけて。
(あるいは、ここで死ぬのもいいかもしれないわね)
 少しだけ伸びた髪を風になびかせ、祖国イングランドへ通じる海を眺めながら、そんな風に考えたりもした。

 結局、ミレディーはどれも選ばなかった。ダルタニャンの微かな呼吸に気づき、生まれて始めて希望を見いだした思いがした。
「死なせないわ」
 疲弊していたが、内面のどこからかこれまで感じたことのない不思議な力がみなぎってくる。ミレディーは傷ついたダルタニャンの肩を抱くと、戯れに考えていたもう一つの道へ歩み始めた。一人で生き延びるために歩くはずだった。それなのに。
(この私が、他人を救う為にここを通るとは…ね)
 どれほど時間が経っただろうか。不安定な瓦礫の山を越えて秘密裏にベルイールを抜け出したミレディーは、フランス軍の死角をついて陸に戻った。しかし、女一人の体力ではもはや限界だった。
(一人なら何とかなるけれど)
 果たして、ダルタニャンを置き去りにして気付いてもらえるだろうか。夜になり冷たい海風にさらされたら、瀕死の体は保たないだろう。逡巡していると、ふいに蹄(ひづめ)の音が聞こえた。辺りを見回すと、馬が近づいて来るのが見えた。馬具を着けているが、騎乗者はいない。
「おまえは… ダルタニャンの……」
 ロシナンテだった。主人に忠実な馬であることは、ミレディーもよく知っている。主であるダルタニャンの危機を感じ取ってここまで来たに違いない。動物には、そういう不思議なことがままあるものだ。
「……いらっしゃい」
 ミレディーは安堵して声をかけた。だが、警戒しているのか、一定の距離を保って近づいてこない。
(そうだわ。笛を使えば)
 ミレディーはドレスのポケットを探ったが、愛用の笛はどこにもなかった。爆発に巻き込まれた時に、吹き飛ばされたようだ。
「そんな…」
 ミレディーは力なく肩を落とした。
「お願い、分かってちょうだい… あんたのご主人様を助けたいのよ…」
 笛で操るのを諦めて言葉で語りかけてみたが、ロシナンテは足踏みするばかりで一向に近づこうとしない。ミレディーは無力感に苛まれながら、一つの考えに思い至った。
(私が銃士隊に投降すれば、ダルタニャンは助かるかもしれない。…だけど)
 もしダルタニャンを救うことができれば、ろくなことのない生涯でただ一度の善行になるだろう。それなのに、高い自尊心が邪魔をして投降する決心がつかない。一度はベルイールで死のうと思ったくせに、まだ我が身が可愛いのかと、ミレディーは自分に呆れ果てた。くつくつと笑いがこみ上げてくる。やがて嘲笑もかき消え、ミレディーは陰鬱な空の下で呆然と座り込んだ。
 辺りが暗くなり始めた頃。掠れたいななきを聞いて、ミレディーは虚ろなまなざしを向けた。いつの間にかすぐ傍まで近づいて来たロシナンテが、ダルタニャンに鼻先を寄せている。気力を振り絞ってミレディーが立ち上がると、ロシナンテは足を折って屈んだ。
「いい子ね」
 ぐったりしたダルタニャンの体を、ロシナンテの首筋にもたれさせると、ミレディーは手綱をとって歩き出した。



 ぱたぱたと小猿が駆け寄ってきて、器用にミレディーの膝に登ってきた。灰色に薄汚れていた毛並みが、いつの間にか綺麗になっている。
「懐かしい音色だね」
「…え?」
 背後から声をかけられて、ダルタニャンの髪を梳いていた手が止まった。
「その歌、聞き覚えがある。もっとも、私が知っているのは笛の音色だが」
 無意識に、あの笛のメロディーを口ずさんでいたようだ。
「笛は…なくしてしまったわ」
 再びミレディーは歌うように口ずさむ。動物を操る不思議な音色だ。修道士もしばし耳を傾ける。
(邪悪な音色だ、と人は言うけれど)
 霧の絶えない祖国で初めて二人が出会った時も、ミレディーはその笛を奏でていた。笛の音に誘われるように集まってくる小鳥や小動物たちと戯れる少女は、まるで夢のように美しく、若い修道士には魔女というより妖精か天使に見えた。
(それとも、私自身が魔性の音色に惑わされてしまったのか)
 ミレディーの身の上を知り、不幸な境遇から救いたいと思った。だから二人で手を取り合って逃げた。けれども、一途な思いは誰にも理解されず、誰もが二人を許さなかった。彼らが振りかざした正義という名の鉄槌は、あろうことかミレディーの肩に消えない烙印を施したのだ。
(いや、そうではない。元を正せば、浅はかな思い付きで駆け落ちに誘った私が悪いのだ)
 後を追うように祖国から逃げ出した修道士は、やがて様変わりしたミレディーと再会する。まるで本当の魔女になったかのような行為の数々に、何度胸を痛めたことか。だが、ミレディーを責める気にはなれなかった。
(なぜなら、彼女の運命と魂を狂わせたのは私なのだから)
 以来、修道士は罪滅ぼしのためだけに生きてきた。悔やまない日は一日たりともない。毎日、ミレディーの無事だけを祈っている。
 修道士は横たわるダルタニャンを見下ろした。銃士の少年が何者か、などどうでもいい。ただ、ミレディーさえ生き延びてくれれば。
「彼の容態が落ち着いたら、私が責任を持ってパリへ送ろう。だがミレディー、君はできるだけ早く国外へ出た方がいい」
「…ええ」
「フランス王室にもスペイン王室にも顔が利く男を知っている。名前はピサロ。彼が力になってくれるはずだ」
 事情を記した書き付けを渡すと、ミレディーが立ち上がった。
「行くわ」
「今から? もう少し休んだ方が」
「平気よ。あなたのお仲間が戻る前に消えた方が都合がいいでしょう?」
「……気遣い無用だ」
 欲目かもしれないが、ミレディーは微かに微笑んだように見えた。
「それから」
 ミレディーは白い小猿を抱き寄せた。
「この子を、ペペを預かってくれる?」
「分かった」
 ミレディーから委ねられた小猿は、修道士の手の中でせわしなく動いて落ち着かなかったが、逃げようとはしなかった。
「あなたのこと、気に入ったみたいね」
「そうかな」
 指先で顎の下をなでてやると、気持ち良さそうに目を閉じた。
「馬車と、当面の食料を用意してこよう」
 旅支度をするために修道士が部屋を出た後、ミレディーはうつむいた。傍らで眠るダルタニャンは、手当ての甲斐あって多少は生気を取り戻したように見える。だが、予断は許されない。しばらく目を覚ますこともないだろう。
「必ず、生き延びなさい」
 ミレディーは素早く顔を寄せて、そっと口づけると、二度と振り返ることなく立ち去った。



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プチあとがき


終わったー(ばたり)

エピローグ、分割して正解でした。前回の更新の後、ペペの存在を完全に忘れていたことに気付いたからです。話はほぼ完成していたので、ペペを追加するか悩みましたが、登場させて良かったと思います。小動物は物語のスパイスですよね♪

謎の修道士さんはアニ三本編に出てきた人です(分かります…よね?汗)が、設定を膨らませるにも程がある!とお叱りを受けてもおかしくない捏造っぷり。
エピローグを書き始めた当初は、完全に捏造キャラでした。しかも、初老の修道「女」のイメージ。ところが、2人の会話を書いているうちに知り合いみたいな雰囲気が出てきまして。あなた誰ですか? ミレディーの何なんですか? えっ、男なの?
先日、いちかさんと会った時「ミレディーの身の上話に出てきた駆け落ち相手が○○○だったら~」という話をしたのが、頭の片隅に残っていたのかもしれません。

完結しましたが、総括的な意味で「あとがき」を次回更新します。ココに書いても良かったんですが、物語に大分スペース割いてますし、一区切りつけようかと。
作者の感想やら解説なんて蛇足、言いたいことがあれば作中で表現するべし、という意見も尤もだと思います。ですが。
何せ、これほど長い話になるとは思わず、今後こういった長編を書くことはないと思いますので、やりたいことは全部やって、心置きなく筆を置きたいな~と思いまして。未熟者のエゴですスミマセン。

個人的には、小説のあとがきや解説好きなんですけどね(ないと物足りない)

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Date:2011/02/19
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