きおくにないうみ ver.3

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□ Mélodie de vie □

19. 旅立つ朝

 夜風が窓を叩き、ジャンは目覚めた。職人の朝は早いが、ボナシュー家の人々が起きるにはまだ早い。ジャンはべッドから静かに降りると、足下に置いたカバンを肩に掛けた。放浪生活が長かったジャンは夜目が利く。皆が起き出す前に出て行こうと決めていた。
 音を立てないように慎重に扉を開けて階下へ。通りがかった扉の一つを前に、気がかりが頭をもたげた。
(どうしよう)
 今さら決心が鈍ることはなかったが、何もかも放ったまま行ってしまうのは躊躇われた。
(ちぇー。おいら、こんなにお節介な奴だったっけ?)
 ダルタニャンに付き合っている内に、少しずつ変わってしまったのかもしれない。自分に呆れながら、ジャンは扉に向き合った。

 闇の中、ひょっこりと部屋に忍び込んだ小さな影は眠っているコンスタンスの耳元でささやいた。
「…コンスタンス」
 アラミスが最後に来訪して以来、悪夢にうなされる事はなくなったものの、眠りの浅い日々が続いていたコンスタンスは、すぐに目を覚ました。
「ん……誰?」
「おいらだよ」
「ジャン?!」
 コンスタンスは驚いて身を起こした。目を凝らすと、枕元にジャンが立っている。以前、早起きは苦手だと言っていたが、今朝の目覚めは良いようだ。肩にはいつもの鞄を掛けていて、すぐにでも出かけそうな格好をしている。
「一体どうしたの」
「お別れを言いにきたんだ」
「え?」
「長いこと世話になったけど、おいらがここに下宿させてもらってるのは、本当はダルタニャンのついで…だったんだよね」
「そ、そんなことないわ!」
 確かに、始めはジャンの言う通りだったかもしれない。バッキンガム公爵をフランスから脱出させるために、ジャンは寝泊まりしていた船を失った。下宿を勧めたのは成り行きだった。しかし、今では――
「もしかして、ずっと引け目を感じていたの?」
「違うよ」
 ジャンはふるふると首を振った。
「おいら、母ちゃんを探してるって話したことあるよね。本当は、パリにいるのは少しの間だけのつもりだったんだ。都は人がたくさんいるから、食い扶持を稼いだらまた旅に出ようと思ってた。でも、ここは居心地が良くて、つい」
 ジャンははにかむように頭をかいた。
「でも、今度こそ出かけるよ。母ちゃんを探して、それから」
 ジャンはコンスタンスを真っ直ぐに見つめた。
「ダルタニャンも見つけてみせるから」
 コンスタンスは言葉を失った。
「だから待ってて」

 音もなく扉が閉まり、室内は再び静寂に包まれる。今の出来事がまるで夢だったかのような、いつもと変わらない夜の静けさ。だが――
「ジャン…!」
 コンスタンスは裸足のまま寝台を抜け出し、後を追った。

 臥せっていた為に、いくらか体力が落ちたのだろう。コンスタンスは、ふらつきながら階段を下りようとして気づいた。階下がほのかに明るい。そして数人の話し声も聞こえる。
「なんでここに…」
「ははは、ジャンが考えていることなど、お見通しということさ。少し前からうちを出ようとしていたね」
「親方にマルトまで。なんで…なんで分かったんだよ!」
 裏口の前にはボナシューと、燭台を掲げたマルトがいた。ジャンを待ち構えていたようだ。
「なんで…って、夕食のパンをこっそりくすねてましたからね。おかしいと思って、旦那様に報告したんです」
 マルトが勝ち誇ったように言った。
「盗み食いは感心しないわねえ」
「ち、違…」
「それとも」
 マルトの視線が意味ありげに下がる。
「お腹の中でなければ、そのカバンの中にあるのかしら?」
「う……」
 ジャンは思わず、いつもより大きく膨らんだカバンをぎゅっと握りしめた。
「マルト、その辺で許してやりなさい」
 ボナシューは苦笑いしながら、マルトを制した。そして、今度はボナシュー自身がジャンに向き合った。
「さて、ジャン。私もマルトも別に怒ってないよ」
「止めないでくれよ!」
 この家から出ようとしていたことがバレていたのなら仕方がない。ジャンは開き直った。
「元々、おいらは気ままな一人旅が性に合うんだ」
 暖かい寝床と屋根のある家。最初は反発していたが、いつの間にか慣れてしまった。
「こんな所、来たくて来たんじゃないのに、もうウンザリなんだよ」
 ジャンは矢継ぎ早にまくしたてた。
「ダルタニャンに付き合って居候してやっただけだ。もう充分だろ!」
 思いつく限り罵倒しながら、胸がきりきりと痛んだ。
(頼むから分かってくれよ。親方に引き止められたら、きっとおいら甘えちゃうよ…!)
 だからこそ、不義理だと分かっていながら、黙って旅立とうと思ったのだ。気がかりなのはコンスタンスだ。ジャンが消えた後、余計な心配をさせないように少し話をするつもりだった。それなのに、ボナシューやマルトにまで気付かれていたとは。
 ジャンはできるだけ口汚く罵った。ボナシューとマルトが怒って追い出してくれることを願って。涙ながらに引き留められるより、追い出された方がずっと気が楽だ。

「止めやしないさ」
「……え?」
 ボナシューの口から出たのは、別れの悲しみでも怒りでもなかった。予想外の反応に、ジャンは戸惑った。
「お母さんを探しているんだろう? いつかこんな日が来ることは分かっていたよ」
「……じゃあ、行かせてくれるよね」
「もちろんだ。でも、餞別くらい受け取ってほしい」
 ボナシューは真新しい子供の服を差し出した。
「私がいくら言ってもお前は着てくれなかったけれど、持っていってくれないか?」
「素敵でしょ。王様から女優さんまで大人気の旦那様の仕立てですよ」
「ははは、長旅に耐えられるように装飾は省いてるがね」
「そんなのいらない!」
 ジャンは突っぱねた。
「でもねえジャン、今着ている服はもうだいぶ小さいじゃないの」
「いらないったら。まだ着れるし!」
 心ない人たちに「着た切り雀」だの「ぼろ」だの、言われれば言われるほど、ジャンは意固地になって小さな服を着続けてきた。生地が薄くなった箇所は端切れを当てて凌いできたし、ジャンは手先の器用さに自信がある。これからも何とかなるはずだ。
「その服に愛着があるのは分かるよ。それは、お母さんが作った服だろう?」
「!」
 ジャンの顔色が変わった。
「あちこち綻びているが、よく見ると一針一針丁寧に縫ってある。お母さんがジャンの為に作ってくれたシャツとズボンだ。簡単に捨てられる訳がない」
 ボナシューは穏やかに言葉を続けた。
「今はそれでいい。しかし1年後はどうかな」
「でも、こうやって当て布すれば」
「ジャンの体はこれからも成長していくだろう。腕も足も背も伸びて、やがて着丈も腕周りも足りなくなる。無理に腕を通そうとして、大切な服が破れても良いのかい? 修復したくても限界があることは、私の元で働いていたジャンなら分かるだろう?」
「……」
「今すぐ着替えて行かなくていいんだ。ジャンが必要だと思った時に着てくれれば充分だ」
 ボナシューはジャンの目線に合わせて、低くかがみ込んだ。
「受け取ってくれるかい?」
 ジャンはくすんと鼻を鳴らした。すぐに堪えきれなくなって、小さな目から大粒の涙が溢れ出す。
「親方……ありがとう」
「こちらこそ。無駄にならなくて良かった」
 ボナシューはジャンの頭をなでた。初老のボナシューの手は母親の優しい手とはずいぶん違ったが、似たような温もりが感じられた。それは手の温かさといったものでなく、心に染み渡る温もり。
(おいらは馬鹿だ)
 今頃になってジャンは気付いた。ボナシュー家にあったのは、暖かい寝床と屋根のある家だけじゃなく、温もりのある愛情だったのだ、と。
「服の…お礼だけじゃないよ……」
 涙としゃっくりを止めるのをあきらめる代わりに、背筋を伸ばしてボナシューを見上げた。
「長い間、お世話になりました」
「旅の無事を祈っているよ」
 ボナシューとマルトは、泣きじゃくるジャンを代わる代わる抱き寄せた。見た目以上に小さな体を実感して、出立を引き留めたくなる衝動をどうにか抑えた。
(ジャンのお母さんが見つかりますように)
(この子の前途に幸があらんことを)
 二人から代わる代わる抱きしめられていたジャンは、ボナシューの肩越しにコンスタンスを見つけた。
「あっ」
 おぼつかない足取りで階段を下りてくるコンスタンスに、マルトが手を差し伸べる。
「行ってしまうのね」
「うん」
 ジャンはコンスタンスからも別れの抱擁を受ける。以前「母ちゃんに似ている」と言って怒られたが、甘く柔らかな抱擁は、やはり母を彷彿とさせた。体を離すと、コンスタンスはくすりと笑った。
「意外と泣き虫なのね」
「そ、そんなことないやい」
 ジャンが慌てて顔を拭った。
「でも、ジャンは強い子だわ」
「…へへっ」
 ジャンがはにかみながら鼻をすすった。ジャンの濡れた顔を拭きながら、コンスタンスは決意を新たにしていた。
(私も強くならないと)
 パリの空が白々と明ける頃、はだしのジャンはボナシュー家の三人に見送られて旅立った。



 再び夜が訪れる。
 コンスタンスは屋根裏の空き部屋にいた。この部屋は、子供時代のコンスタンスの私室でもあったが、今はもうダルタニャンとジャンの名残りしか感じられない。
 二つの寝台しかない殺風景な部屋だが、下宿人二人がいた時と同じように寝具は整えられている。どちらか一人が、あるいは二人がいつ帰ってきても使えるように。
 ベッドメイキングが終わると、コンスタンスは寝台の枕元に色あせた帽子を置き、無言のまま部屋を後にした。



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プチあとがき

最後の辺り、このまま終わっても良さそうな締めくくりだな~

原作(アニ三)最終回と同様、ジャンには旅に出てもらいました。
旅立ちに至るまでの経緯をアレコレいじくり倒して、こんな話に。
ジャンの旅立ちが、コンスタンス復帰に影響を与えてる――といった文脈にしたかったのですが、説明不足なのは否めません。

拍手ありがとうございます~。

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Date:2011/01/30
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