きおくにないうみ ver.3

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□ Mélodie de vie □

20. 幕を下ろすもの

 その日、コンスタンスは忙しく立ち働いていた。王妃が纏うドレスを丹念に整え、細工の隅々までアクセサリーを磨き上げ、さらには広間の燭台が減じていないか、式典で饗される食事は人数分とプラスアルファまで用意できているか……。自分の仕事の範疇を超えて、とにかくよく働いた。
 今日はベルイール戦の勝利を祝う凱旋式典の当日だった。戦いの功労者たちが一堂に集まる。コンスタンスが見知っている者も多いだろう。
 平常心を取り戻したように見せかけていても、今もなお心の傷が癒えないコンスタンスには酷な一日である。だからこそ、裏方に徹してコマネズミのように働いていた。動いていれば気が紛れる。余計なことを考えずに済む。
「コンスタンス、今日はもう上がってよろしい」
 コンスタンスの無茶苦茶な働きぶりを見かねたのか、声がかかった。振り向くと、シュブルーズ夫人が立っていた。アンヌ王妃の親しい友人の一人である。コンスタンスは侍女として、シュブルーズ夫人は友人として、王妃から絶大な信頼を得ている。ともすれば王宮で孤立しかねない王妃を支えている、言わば同志の一人だ。
「ありがとうございます。ですが、長い間お休みをいただいてましたので、その分ご奉公しませんと」
 いくらコンスタンスが王妃に信頼されているとはいえ、伯爵夫人と侍女では格が違う。礼を失することがないよう、それでもやんわりとコンスタンスは断った。
「良いと言っているのです。下働きは他の者に任せて、あなたは王妃様のお側にいなさい」
「でも…」
「王妃様のご意志です」
 有無を言わせない物言いだった。主人である王妃の命とあれば、これ以上反論できない。
「承知しました」
 コンスタンスは、身分が低くとも王妃の最も忠実な侍女という自負があった。今までもこれからも、どんなことでも厭わずにやり遂げてみせるだろう。だが、今日ばかりは――
(あんまりです、王妃様)
 コンスタンスはドレスの裾を握りしめた。



 高らかな金管の音色に誘われて、大広間の王座に国王ルイ13世が座り、隣席にアンヌ王妃が着席した。脇には枢機卿リシュリューと、銃士隊長トレビルも控えている。
 コンスタンスは同席を許された侍女たちの末席にいた。ややうつむき加減ながらも表情は平静を装っていたが、外から見えないドレスのひだの中では、自分の冷たい手を握りしめていた。栄えある式典を涙で汚してはならない。私情は隠さなければ。
 従軍した者たちの名が読み上げられ、働きに応じて褒美が与えられていく。三銃士の名が呼ばれた時、コンスタンスの胸が痛んだ。
 アトス、ポルトス、アラミス、それから――
(ダルタニャン…!)
 コンスタンスは堪えきれず、ぎゅっと目蓋を閉じた。
「それから――」



「はい」
 王座の前へ進んでいく軽やかな足取りの靴音。広間がざわついた。
 ざわめきにつられて、コンスタンスも面を上げた。たった今呼ばれた者が注目を一身に集めている。
 コンスタンスは他の侍女たちに紛れて後方に控えているので、式典の全貌は見えない。だが、幾重にも重なった人垣の合間から、くだんの人物の姿がちらちらと垣間見える。刹那、衝撃が走った。
「……?!」
 押しのけられた人が露骨に不快な顔を向けたが、コンスタンスは気づかない。身分ごとに隔てられた人をかき分けて、コンスタンスは晴れ舞台に飛び出る格好となった。一斉に視線が注がれる。
 その時、渦中の人物は国王の前にひざまずいて挨拶していた所だったが、立ち上がりながら振り返った。食い入るように凝視するコンスタンスの視線に気がつくと、彼は顔をほころばせた。
「やあ、コンスタンス」
 その姿も、その声も、間違いなくダルタニャンその人だった。



 切なくも懐かしいその声を聞くやいなや、コンスタンスは走り出した。あまりの出来事に卒倒するかと思われたが、秘めた想いは推進力へと入れ替わる。
 王座へ向かう乱入者に慌てふためいた衛兵が、コンスタンスを捕らえるべく立ちふさがろうとした。だが――
「おっと。邪魔は許さんぞ」
「無粋だな」
「もう少し空気を読んで欲しいね」
 ダルタニャンと同様、王座の前に整列していた三銃士が衛兵たちを制した。
「な、なぜあなた方が邪魔を?!」
 衛兵がためらいがちに王座を振り仰ぐと、意外なことにルイ13世もアンヌ王妃もにこやかだった。国王夫妻のかたわらに控えるトレビルが、手を引くように目配せした。リシュリューまでもが、まんざらでもなさそうにヒゲを撫で付けて黙認している。衛兵たちは何が起きているのか分からないまま立ち尽くす。
 一瞬の緊迫した雰囲気に気圧される事なく、コンスタンスは足をもつれさせながらダルタニャンの懐に飛び込んだ。ダルタニャンは腕を開いてコンスタンスを受け止めようとしたが、弾みで後ろのめりで倒れた。
「うわ……っ」
 支えるどころか、勢いよく尻餅をついてしまった。剣の鞘ががしゃんと床を叩き、賑やかな音が反響する。
「……お、おい」
 三銃士を始め、事情を知る者にとって感動の再会になるはずが、一同呆気にとられている。
(いてて… かっこわるー…)
 大理石の硬質な床に背中をしたたかに打ち付けて、ダルタニャンの目尻に涙がにじんだ。半身を起こそうとして、のしかかる重みに気づく。
「コンスタンス! けがはない?!」
 ダルタニャン自身がクッションになったおかげで、ひとまず無事のようだ。しかし、コンスタンスは抱きついたまま離れない。
「コンスタンス…」
 名前をささやきながら、ダルタニャンはコンスタンスの腰に腕を回そうとした。

 伸ばしかけた腕が、がしっと掴まれた。
「……」
「あ、いや、変な意味は」
 ダルタニャンの弁解はコンスタンスの耳に入らないようだ。上腕、肘の関節、手首、そして指の一本一本を確かめるように、コンスタンスの手が触れていく。
「???」
 今度は、不思議そうな顔をしながらダルタニャンの胸をぽんぽんと叩いている。
「……」
 感動の再会を果たしたのに、喜びの涙も熱烈な抱擁もなく、それどころか体中をまさぐられてダルタニャンは訳が分からない。
(パリの女の子って……たくましいなあ)
 期待はずれの反応に落ち込んでもおかしくない状況だが、それでも大好きなコンスタンスならば何をされても悪い気はしなくて、ダルタニャンは苦笑した。ひとしきり体に触れた後、コンスタンスが顔を上げた。二人の視線が絡み合う。
「……」
「……ひ、久しぶり!」
 気の利いた言葉が思いつかなくて、ダルタニャンはへらへらと笑った。
「馬鹿っ!」
 びくりと震えた。
「久しぶりって何よ」
 コンスタンスの握りこぶしがダルタニャンの胸を叩いた。
「あれから何日経ったと思ってるの?」
「えーっと」
「今までどこで何をしてたのよ」
 ぽこぽこと打たれる。一つ叩かれるごとに、力が増していく。
「コ、コンスタンス?」
 非力な女の子のこぶしとはいえ、力任せに何度も叩かれるとさすがに痛くなってくる。 
「ちょ… 痛いってば」
 悪いな、と思いながら、ダルタニャンはコンスタンスの手首を掴んだ。それでもなお、コンスタンスはこぶしを振ろうとする。だが、ダルタニャンの手を振りほどけない。
「離して!」
「やだ」
「人がどれだけ心配したと思って……」
 くっ…と声にならない吐息を漏らして、コンスタンスはうつむいた。ぽつり、と雫が落ちた。
「あの、コンスタンス?」
「……」
 ダルタニャンが覗き込むと、コンスタンスは堪えるように唇を噛んだ。意地を張ろうとする気持ちとは裏腹に、開かれた瞳からは堪えきれなくなった涙がまた一つ頬を伝い落ちる。ダルタニャンの指先が、頬に残った水滴の軌跡をなぞった。
「……ただいま」
 コンスタンスの唇が開き、何か言いかけたが、言葉は出ない。代わりに、堰を切ったように涙があふれ出した。ダルタニャンの指ではすくいきれない。
「ごめん、僕が悪かったから」
「……」
 コンスタンスは答えない。嗚咽を堪えきれず、ひたすら涙を流している。
(……どうしよう)
 困ったダルタニャンが助けを求めるように顔を上げると、三銃士に取り囲まれていた。三人どころか、この場にいる全員に注視されているのだが、ダルタニャンはそこまで気が回らない。
「どうしたらいい?」
 すがるように見上げられて、三人は互いに顔を見合わせる。馴染んでいるように見えるが、三銃士とも再会したばかりで、先ほどさんざん小突かれた。
「やれやれ」
「女の子を泣かせるなんて隅に置けないじゃないか」
「だが、その後の対応が人頼みというのは…なあ」
「そんなこと言われても」
 見下ろされながら責められ、三者三様にからかわれて、ダルタニャンは弱り切っていた。
(だって、あのコンスタンスが泣くなんて)
 ダルタニャンより1つ年上のコンスタンスは、姉のように振る舞うのが常だった。勝ち気な印象が強い。そんなコンスタンスを泣かせてしまったことに、ダルタニャンは動揺し、罪悪感を感じていた。
 おろおろしている後輩を見かねて、アラミスが耳打ちした。
「言葉はいらない。君の方から抱きしめてやれ」
 恐る恐る震える肩に手を回す。コンスタンスは抵抗を見せずに、ダルタニャンの胸に顔を埋めた。柔らかな髪がさらりと肌をくすぐった。
「心配かけてごめん」
 コンスタンスは答える代わりに、小さくうなずいた。

「…言葉はいらないと言われたばかりなのに、聞いちゃいないな」
「秘すれば花、というやつか?」
「いや、自然に口から出た言葉は美しいものだよ。考え抜いた台詞よりずっと」
 アラミスは微笑みを浮かべながら、言葉を続けた。
「ところでアトス」
「何だ」
「銃士を辞める理由、なくなってしまったな」
 晴れやかな微笑みに見えるが、不遜な態度が滲んでいる、気がした。
「……」
 アトスは拗ねたように、ぷいと横を向いた。



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プチあとがき

この章を書いていて、唐突に気がつきました。
「壮大なドッキリじゃねーか!」
決してそんなつもりなかったのですが、結果的にドッキリだと受け取られてもおかしくないな~と。ターゲットがコンスタンスで(三銃士も?)仕掛人が……誰だ?
誰かが仕掛けたドッキリだと仮定して全編読み直すと、見方が変わって面白いかもしれません。というか、完全にギャグになるなコレ。

この後、エピローグが入ります。2話分くらいになる…でしょうか。分割するか、一気に畳み掛けて終わらせるか、悩みどころ。
完結した後、タイトルの由来など明らかにしようと思います。由来、分かる人には分かるかも…

拍手、ありがとうございます。
あとちょっとです。もうしばらくお付き合いいただけると嬉しいです。

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Date:2011/02/05
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