きおくにないうみ ver.3

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□ Mélodie de vie □

16. 王妃の目覚め

 朝のルーブル宮殿、アンヌ王妃の私室前に世話役の侍女たちが立っている。起床時間を見計らって、規則正しくノックを重ねる。返事はないが、一呼吸置いてドアノブに手をかけた侍女は、人の気配を感じて視線を巡らせた。瞬間、目を見開いた。
 相手は人差し指を口元に当てて、騒がないように釘を刺す。言われる前に、侍女はノブを握ろうとしていた手で口を覆い、声を封じ込めていた。空いたドアノブに相手の手が伸び、あっと思う間もなく部屋へ踏み込んでしまった。
「お…王妃様! お目覚めの時間でございますッ!」
 眠っている王妃の耳に届くよう、品をかなぐり捨てて声を張り上げるのが精一杯だった。

「朝からそんな大声を出して何事です?」
 アンヌ王妃が薄目を開けると、複数の人影が見えた。後から入ってきた侍女が、寝室の窓を覆っている豪奢なカーテンを開けた。侍女より先に侵入した一人は王妃のベッドに歩み寄り、天蓋から垂れたレースに手を掛けた。ぶしつけな行為に王妃はむっとしたが、他の侍女たちは咎める様子もなく、むしろ萎縮している気配すらある。王妃がいぶかしく思っていると「お目覚めかな?」と、声をかけられた。
「陛下?!」
 王妃はレースの垂れ布を自分から開いた。

 夫である国王ルイ13世が、王妃の寝室に来るのは悪いことではない。が、今まで皆無だっただけに、侍女たちも王妃自身も困惑していた。
「一体どうされたのです」
 既に身支度を整えたルイは、取り澄ました顔を繕っている。
「驚いたか?」
「え、ええ…」
 まだ若い王は少し子供じみた所があるが、早起きを見せびらかすような年齢ではない。王妃は困惑を深めた。夫の真意は分からないが、少なくとも何か怒ったり咎め事がある訳ではなさそうだ。
 開かれた窓の向こうでは、雨こそ降っていないが、空には白い雲が薄く立ちこめている。いつもバルコニーから差し込む陽光は遠く、室内は冷えている。王妃は身震いすると再び横たわった。
「余が来ているというのに、また寝るのかね」
 咎めるようでありながら怒気はなく、王妃はそのまま目をつむった。
「今日は気分が優れないのです」
「何を言う」
「本当です」
 元来、朝は弱いのだ。しっかり目が覚めるまでまどろむのは至福の時なのに、訳も分からず起こされて良い気分のはずがない。心なしか頭も痛い。
 そんな王妃の心も知らず、ルイは楽しそうですらあった。
「今朝は朗報があるぞ」
「……」
「これを聞いたら、そなたも眠ってなどいられまい」
「……」
 アンヌ王妃は、気づかれないよう小さくため息をついた。目覚めの悪い王妃を見かねた侍女の誰かが策を労したか、あるいはリシュリューが何か企んでいるのだろうか。趣も何もあったものではない。
(もう少し気の利いた言葉をかけてくれれば良いのに)
 脳裏に浮かんだのは、身分こそ低いものの気の置けない若い侍女――コンスタンスの姿である。ベルイールの悲劇の後、ずっと出仕していない。無理もない、と分かっている。彼女が来れないならば見舞いに赴きたいと思うが、一国の王妃という身分ゆえに、自由な行動は何一つ許されない。
(よく尽くしてくれる侍女を気遣うことがわがままだと言うの……?)
 遠巻きに侍女たちの気配がする。恒例の挨拶がよそよそしく感じられて、アンヌ王妃はそっと唇を噛んだ。
「おはようございます、王妃様」
 幾人もいる世話係の中から、聞き覚えのある声が響いた。優しく鈴が鳴るようなその声は幻聴か、それとも。
「コンスタンスなの?!」
 跳ね起きたアンヌ王妃に驚きながら、王は満足そうに口角を上げた。寝台から転がるように降りた王妃は、寝室の入り口で畏まっているコンスタンスに駆け寄った。
「ああっ、御御足(おみあし)が冷えてしまいます」
 コンスタンスが慌てて部屋履きを揃えようとしたが、アンヌ王妃は構わずに彼女の手を取った。主の手を払う訳にはいかない。仕方なくコンスタンスはその場に留まった。
「本当にコンスタンスなのね。あなたの顔を見るのは何日ぶりかしら」
「ご心配おかけして申し訳ありません」
「謝らないでちょうだい。あなたには辛い思いをさせてしまって、本当にごめんなさい」
「いいえ、王妃様のせいではありません。それに、売られた実家を取り戻してくださったのは王妃様だと伺いました」
「私に出来ることと言ったらそれくらいしか。…少し痩せたのではなくて?」
 王妃はコンスタンスの肩を抱いて心配そうに見つめた。僅かに頬がこけ、薄く浮かんだ目元のクマは隠しようがない。コンスタンスは困ったように微笑みながら、かぶりを振った。
「…いいえ。お休みをいただいて、すっかり元気になりました」
「ベルイール以来、アンヌはずっと塞ぎ込んでいてな」
 いつの間にかルイが背後に立っていた。繊細な刺繍で縁取られたショールを王妃の肩に掛ける。
「ボナシュー家へ見舞いに行くと言い出した時はどうしようかと思ったぞ」
「まあ、王妃様。わたくしの実家は王妃様をお迎えできるような家ではありませんのに」
「そんなこと関係ありません」
「いや、コンスタンスの言う通りだ。そなたは王妃として自覚がなさ過ぎる」
 叱りつけるような素っ気ない言葉だが、王のまなざしは優しかった。王妃もにこやかな表情を向ける。
「まあ、陛下にそんなことを言われるなんて」
「心外か? 余はいつもリシュリューに言われてるぞ」
 ルイは片目をつむってみせた。顎の尖ったお堅い枢機卿を思い浮かべて、三人は吹き出した。



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プチあとがき

途中まで書いていた下書きを見直したら矛盾が生じていたので、登場人物を変更。ルイ13世のお出まし~。
原作だと色々ありますが、アニ三の国王夫妻は仲良しだと思います。
あと、アンヌ王妃は低血圧っぽいイメージ。

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Date:2010/12/13
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