きおくにないうみ ver.3

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□ Mélodie de vie □

13. 追憶の人

 辛気くさい話だ。この酒蔵のように――

 そう断ると、アラミスは口火を切った。
「知人…というのは、田舎育ちの貴族の娘だ。7年前、その娘は恋をしていた」
 アラミスの厳しいまなざしが僅かに和らいだ。
「初恋は実らないと言われるが、その恋は成就して二人は晴れて恋人になった。娘は浮かれていたのだろうな。なにせ初恋だったから。この幸せを誰かに話したくてしょうがなかったのだ」
 和らいだ表情に再び影が差す。
「いや、彼の愛の証しが欲しかったのかもしれない。彼は娘よりずっと年上の人だったから、これは遊びじゃないんだ、本気の愛なんだと認めてくれる何かが欲しかった。娘は、育ててくれた叔父に二人の関係を話した」
「叔父…とやらが、二人を引き裂いたのか?」
 話の先を読んだアトスが疑問を口にした。が、アラミスは「いや、そうではない」と否定した。
「娘の年が若すぎること、年齢の差。始めは反対した叔父も、娘の熱意に負けて最後には認めてくれた。問題は、その娘自身にあったんだ」
 アラミスは何か悩むようにように唇を噛み、重そうに口を開いた。
「娘はね、彼が重要な任務を負っていることを知っていた。彼は…あれほど高潔な人間はいないと断言できる。彼のような人だからこそ背負わされた極秘の任務だった。そんな人が田舎に隠れ住む意味を、本当の所は理解していなかったんだよ、あの娘は」
「その彼は?」
「死んでしまったよ。彼が仕えていた秘密の存在がいつの間にか知れ渡ってしまって、そして消された。彼女は半狂乱になって泣いた。ひと月以上も。そんな彼女の元に縁談が舞い込んだ」
「……ひどい話だ」
「ああ、彼女もそう思った。あげく、思い切ったことを考えついてしまった」
 アラミスは一旦言葉を切ると、自分の手を見つめた。
「私の手で仇を討とう、と」

 手袋に覆われて一見すると優雅に見えるその手は、日々の鍛錬で固くなり美しいとは言えない有り様になっている。その手をゆっくりと力強く握りしめた。
「娘は何もかも投げ打って叔父の屋敷を飛び出した。目的のためなら手段を選ばなかった。素性を偽り、恩人も友人もだまして。全ては彼の無念を思えばこそ……。娘の執念は実り、7年がかりでとうとう仇討ちを叶えた。けれど、仇討ちと引き換えにかけがえのない友人を失ってしまった」
「まさか…」 
 アトスは絶句した。アラミスは他人事のように「まるでダルタニャンのようだな」と言葉を添えた。
「亡くなった友人にはかわいい恋人がいてね。彼女が打ちひしがれる姿を見ていると、当時のことを嫌でも思い出すんだよ。彼女も7年前の娘と同じ16歳だったんだ」
 時を超えて、アラミスの中で二人の娘の姿が重なった。
「同時に気づいたことがある」
 悲嘆に暮れる娘を見守る者たちの姿が、幾重にも重なって浮かんでは消えて行った。
「彼を失った時の叔父や周りの人々の気持ちに、娘は7年も経って気づいたんだ。今になって思えば、あの縁談も悲劇を忘れさせたい一心から生まれた優しさだったのかもしれない」
「見当違いの慰めだがな」
「しかし、憎むほどではないだろう?」
 アトスは無言だった。アラミスも返事を望んだ訳ではなく、話を続けた。
「こうして周りに目が向くようになって思ったんだ。誰にも何も言わずに家出して、ずっと仇討ちに邁進してきたけれど、自分は本当に正しかったのだろうか、と。たくさんの人を傷つけたからね」
 先ほどまでの激情はいつの間にか消え去り、水面で揺れるように思い出に身を任せていたアラミスは、まぶたを閉じると「娘の話は終わりだ」と告げた。
「アトスの言う通り、僕はコンスタンスに執着している。今話した娘の境遇と重ねて見てしまうからだ。何かしてあげたいのに、何をしていいか分からない。でも何かせずにはいられない。……叔父と同じだよ」
 アラミスがゆっくり顔を巡らせると肩越しにアトスの視線とぶつかった。アトスの瞳から淀みは消えたが、何とも形容し難い表情を浮かべている。
「ボナシュー家で歓迎されてないのは分かってる。だが、面と向かって指摘されると結構傷つくものだな」
 アラミスはふっと笑みをこぼすと「八つ当たりして悪かった」と謝った。アトスはばつが悪そうに目をそらしながらも、気になった質問をぶつけた。
「仇討ちの後、その娘…とやらは?」
「さあ。どうするのだろうな」
「このまま、ここにいればいい。偽りだろうが何だろうが、君を拒絶する者はいない」
 ふふふ、とアラミスがおかしそうに笑った。
「アトス、君は何か勘違いをしているようだ。その娘は知人だよ。僕じゃない」
 からかうような言葉とは裏腹に、その顔に浮かんだ微笑みは空虚だった。
「もう一つ聞きたい。その娘の名は?」
 アラミスは黙したまま何も語らない。答えは聞けないかとアトスが半ばあきらめた頃、アラミスがぽつりとつぶやいた。
「ルネ……と言ったかな」
「ルネ、か」
 アトスがアクセントを確かめるように何度も「ルネ、ルネ」と声に出すので、アラミスは面映ゆい気持ちになる。
「その名前、由来を知っているか」
「いや知らない」
「ラテン語のRenatusが起源だ。意味は、生まれ変わる。再生する」
「生まれ変わる…」
「そのルネという、たった今話を聞いただけの娘について語る資格は俺にはない。だが、名付けられた通りの生き方をしているのだな、と思った。それだけだ」
 かび臭い酒蔵に静寂が訪れた。アラミスは心の中で、その名を何度も噛みしめた。



「ダルタニャンが死んだのは俺のせいだ」
 唐突なアトスの告白に、アラミスは面食らった。
「何を言っているんだ」
「カレーの港へ行く道中を覚えているか? 俺の提案でダルタニャンの葬式をしたことがあっただろう」
 アラミスは思い出した。ダルタニャンと別れた後、追っ手の目をごまかすために、空の棺を埋葬したことがあった。ご丁寧に墓標まで建てて。後に、枢機卿リシュリューに咎められたが、この時もアトスの機転で難を免れた。
「そんな事を気にしていたのか? 現実主義のアトスらしくもない」
「そうだ。信心など持ち合わせていないからこそ出来た所行だ」
「アトス……」
「分かっている。いつもの俺なら一笑に付すだろう。だが、それでもダルタニャンの元へ死神を招いたのは俺のような気がしてならないんだ」
 アトスは天を仰いで、目を閉じた。



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プチあとがき

原作の「酒蔵で過去話するアトス」の話を拝借しつつ、少しひねって語り部をアラミスにしました。アトス@アニ三には過去設定なーんにもないので語らせようがない。例の「その時が来たら話す」を絡めて、アニ三の伏線も回収~。
ほぼアラミスの独白なので、書きにくかったです。最初、アラミスの会話で全部埋め尽くされてましたが、1話まるまるカギカッコってどうなの?! と思ったので、アトスにちょいちょい相づちを入れてもらったりして。フランス人名ルネの由来はマジ話らしいです(Wikipedia参照)。

サブタイトルを「追憶」から「追憶の人」に変更。二重三重の意味が含まれる言葉が好きなので。誰のことを指しているかはご想像にお任せします。


ところでポルトスどこ行ったー

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Date:2010/11/05
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