きおくにないうみ ver.3

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□ Mélodie de vie □

10. 形見

 アラミスがコンスタンスの私室に入ると、窓に沿うように配置されたベッドで、半身だけ起こしたコンスタンスが外を眺めていた。青白い頬に夕日が射して血色良く見えるが、表情は暗い。
「失礼するよ」
「……」
 コンスタンスは無言のまま振り向かなかったが、アラミスはつかつかと歩み寄り、傍らの椅子に腰掛けた。無言のまま時が流れる。
(あれから何日経つのだろうな)
 かつてコンスタンスは事故で記憶を失った。ダルタニャンが熱心に看病していた姿が懐かしい。今のアラミスと同じように、この椅子に座って懸命に呼びかけ、記憶の糸口を探していた。
 幸い、ベルイール戦の前に記憶を取り戻していたが、こんな事なら、いっそ何もかも忘れたままの方が良かったかもしれない。
 いや…、とアラミスは考え直した。
(フランソワが亡くなった時、私は記憶を、思い出を捨てる事を望んだろうか)
 つい過去の感傷に耽りそうになったが、コンスタンスの視線に気づいて、アラミスは慌てて意識を引き上げた。コンスタンスが見ているのは、アラミスが抱えている包みである。
「そうだ、今日はこれを預かってきたんだ」
 コンスタンスの手を取って包みのまま持たせた。包んだ布をよく見ると、百合の紋章の刺繍が施されている。
「王妃様から…?」
 アラミスに促されて、コンスタンスは包みを開けた。豪華な布包みには不釣り合いな、ぼろぼろに崩れかけた青い帽子が目に飛び込んできた。
「あ……」
「あの日、君が海に飛び込んだのは、これを取りに行こうとしたんだろう?」
「ダルタニャン…の……?」
「おそらく。一応、陛下と王妃様に報告したけれど、これはコンスタンスに渡さなきゃいけないと思ったんだ。お二方とも理解してくださった」
 コンスタンスはそっと帽子に顔を埋めた。潮の香りがする。あるいは持ち主の残り香か。香りに突き動かされて、遠い記憶がとめどなく溢れる。そして涙も。
「ごめん、辛いこと思い出させてしまったな」
 コンスタンスはかぶりを振った。涙のしずくが散って、シーツに点々とシミを作った。
「ダルタニャンがイギリスで帽子をなくして帰ってきた時、私が作ってあげたの。お父さんの仕立てと違って不格好だったけど、すごく喜んでくれて。でも私は照れくさくて、なくしたら許さないからって言って…。ダルタニャンは絶対なくさないよ…って約束を……」
「約束、守ったんだな」
「本当は…帽子なんてどうでも良かったのに」
 後はもう言葉にならなかった。帽子を握りしめながら嗚咽するコンスタンスに、アラミスはどう声をかけていいか分からなかった。だが、コンスタンスの気持ちは痛いほど分かった。
(……同じなんだ)
 今のコンスタンスは、フランソワを失ったルネと同じだ。アラミスはコンスタンスの頬に手を伸ばそうとして止めた。胸を貸して、悲しみの一部でも分け合い、受け止めたかったが、男の姿をしているアラミスには許されないのだから。



 ほどなくして、アラミスはボナシュー家を後にした。階下は良い匂いが漂い、食卓につこうとしていたジャンが見送りに出てきた。
「あいつらも…アトスとポルトスにもたまには見舞いに来いって言っといてよ」
「これジャン。余計なこと言わないの」
 マルトがたしなめた。
「皆さんお忙しいのだから」
「いえ」
 マルトは答える代わりに困ったような笑みを残して、湯気が立ち上る皿を大きな盆に載せると階上へ行ってしまった。臥せっているコンスタンスに夕食を届けるのだろう。泣きはらしたコンスタンスを見て、マルトはどう思うだろう。
(また怒られてしまうな)
 アラミスは自重気味に微笑を浮かべた。こうして心配してくれる人がいるコンスタンスがうらやましくもあった。



 日が暮れた街を歩きながら、アラミスは物思いに耽っていた。
 いわば形見とも言える帽子を届けたのは正しかったのだろうか。コンスタンスの悲しみを増幅しただけかもしれない。アラミスがどれほどコンスタンスの気持ちを理解していても、過去を打ち明けられない以上、互いに共感し合うことはできない。一方的に想いを寄せるだけなら、ただのエゴだ。
(非力だな、私は)
 傷ついたコンスタンスに必要なのは、マルトやジャン、ボナシューによる温もりだ。
(その温もりに水を差しているのは……)

 自宅にたどり着き、外階段を上ろうとしたアラミスは、厩舎がもぬけの殻だと気づいた。
(そういえば、ポルトスと約束があったっけ)
 気乗りしなかったが、屈託ないポルトスを思うと無視はできない。アラミスはきびすを返し、繁華街へ足を向けた。



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プチあとがき

マルトがうざい(笑)
そしてアラミスが暗い。暗すぎる。誰か慰めてあげて。

前半部分は同人誌バージョンとほぼ同じですが、辻褄が合わない箇所だけ書き直しました。
ふう、これで懸案事項は解消されたぞ。

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Date:2010/10/25
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